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痛い

觸らなければほとんど痛くなかつた脹らみが、日曜日、朝からじんじんと痛みだした。
人と逢ふ豫定があつて、ひるまは樂しくすごしたのだが、家にもどつてしばらく、痛みが増した。
いま保險證ないしなあ、京都に着くまでもつといいのだがなあ、などと考へてゐるうちに、さう言つてゐるばあひではなくなつてきた。
これだけ痛いと、明日、朝一番でどこかに驅け込んで、保險がどうとかいふのはあとで交渉すればいいのだ。とにかく臥せて、明日朝まで我慢だ。
といふ餘裕もなくなり、起き上がつて、夜間診療を受け付ける病院をウェブで探す。消防などにも電話してみる。いろいろ訊いてみると、適切な治療を受けられる病院がないやうなので、やつぱり朝まで我慢かと思ふ。
絶對元氣づけてくれる友人に電話する。かなり心配してくれるのでいろいろ我が儘を言ふ。
もしやと思ひ、以前、同樣の症状の話を聞いた友達などに電話し、とにかく勵ましてもらふ。痛みはもう尋常ではない。轉げまはる。轉げまはりながら、また思ひ出して、別の友達に電話、遊びの約束を取り消す。とにかく電話しまくる。
歩けなくなり、匍匐前進、あともう少し痛くなつたら救急車を呼んでもいいぐらゐの痛みだと、這ひつくばつて、妹に自慢する。
先の友人や妹が、病院を調べはじめた。やらせておいては惡いので、俺も、もう一軒電話をし、症状を話して「診てくださいますか」。と、あつさり「診ませう」。
ありがたいことに、妹が仕事を中斷して車を出してくれる。助手席に乘つてゐると、だんだんに痛みが引いてきた。あ、このまま痛くなくなつたら、お醫者さんも拍子拔けだらうなあ、もうすこし痛くなればいいのに、などと思ふ餘裕までできる。
病院到着、車を降りようとすると、劇痛がはしる。やつぱり痛いのだな、と安心する餘裕があつたかどうだか忘れた。
受け付けが少々にやけたふざけた感じの男で若干氣分を害するが、なにせエネルギーの全てを我慢に費さねばならないので適當(てきたう)に流す。
救急なのに對應(たいおう)は遲く感じる。痛いから長く感じるのだらうか。もしかしたら長いから痛く感じるのではなからうか。この二つの命題の論理的關係は、などと考へて氣を紛らはす。
寢間着のやうな青衣を着た男が目の前を横切ると、奧に入つてゆく。あれが先生だらうか。
さうだつた。あまりやる氣なささう。「一晩分のお藥しか渡せないので、また明日來てください」。
お預り金だかいふものを取られ、清算も明日だと言はれる。
藥のお蔭か、すこしましになつたので、朝までもちさうだ。家に歸(かへ)つて寐そべるが、眠れない。酒は禁じられたので呑めない。痛みがだんだんぶりかへしてくる。眠れないので痛いのだらうか。痛いので眠れないのだらうか。痛い痛い痛い痛い。
と思つて、次の朝の分の藥を使つてしまふと、樂になつたので眠れた。
これが日曜日でした。

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