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ぼくが「舊假名」を使ふ理由1

歴史的假名(かな)遣ひが「なぜいいのか」あるいは「どんなに簡單か」については、昔からの論爭を紐解くまでもなく、ウェブ上でもいろんな人が發言してゐて、今更な感じがするのですが、ぼく自身がどう正當化(せいたうくわ)できるのか、試してみたい氣もあり、少しづつやつてゆきたいと思ひます。せつかく言語學を勉強してゐるので若干言語學的に始めますね。
ちなみに本なら福田恆存の「私の國語教室」、ウェブページでは野嵜さんの「正かなづかひ早分かり」やそこからのリンクがいいです。
さて、歴史的假名遣ひといふだけあつて、隨分長いこと使はれてきて、歴史の重みがあるんだらうなあ、日本の傳統(でんとう)かしらと思ふむきもあるやうですが、實は「いやあ、それほどでも」なんですよね。江戸時代の人が規範化を目指して、明治になつてその成果を反映するやうな實用がされはじめた。「舊假名」を使ふ人の中には傳統を重んじるといふ人もあるんでせうが、ぼくはそちらはあまり信じてゐない。そもそもすべて傳統といふのは虚構である、と事を大きくする必要もないかもしれませんが。
歴史的假名遣ひを使ふと古文だとか文語文だとか言はれることもあります。えと、違ひます。ぼくの書いてゐるのは語彙も文法も古文とは違ひます。ここで書いてゐることば、みなさんの文章語とそれほど違ひはありませんよね。
勿論、歴史的假名遣ひはことばの歴史を反映してゐます。けれど、長い間に亙つて使はれてきたものではないし、それ自體(じたい)は最も重要な點(てん)ではないんです。今囘はそこで、歴史とはほとんど關係のない切り口で行きたいんです。
「え段の長音」といふのがあります。これ、三種類あると思ふんですよ。
一つは返事で「ええ」といふやつや、「お姉さん」の「ねえ」ですね。これは「え」の音をのばした音で「えい」「ねい」とは發音しません。音聲記號では [e:]みたいに書きます。
も一つは「映畫」の「えい」、[提出」の「てい」で、「エーガ」とも「エイガ」とも言へる、あるいは「テーシュツ」とも「テイシュツ」とも言へると思ふんです。[e:]~[ei]の自由變異を持つんですね。
最後に魚の「えひ」とか兄弟の娘の「姪」の類で、「エイ」とは言ふけど「エー」とは言はない、「メイ」とは言ふけど「メー」とは言はない。「メイッコ」のことを「メーッコ」と言ふとをかしくありませんか。[ei]としか發音しない。それどころか、直感的には音節境界があるやうに思はれる。
音節境界についてはある程度論理を組み立てる必要があるとは思ふのですが、以上の事柄が事實だとすると、この三者の別は、おそらく一音節二拍の/e:/と一音節二拍の/ei/、それに二音節二拍の/e.i/("."を音節境界とする)なのだと思ふのですよ。/e.i/と假定したところ、音節境界を認めずに日本語の音韻論を記述しようとするなら音素目録を増やすことになるかもしれない。スマートではありませんね。
で、歴史的假名遣ひでは「ええ」と「えい」と「えひ」を區別します。ね。ぼくは、この區別が歴史の殘した正書法の不合理だとは思はない。さういふことなんです。

ところで、歴史的假名遣ひでは「えゐ」とか「ゑい」とか「ゑへ」とか、もつといろんなパタンで「エイ」を表現するのではないかと疑問に思つた方、いらつしやるかも。でもけふはここまで。

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標準語と共通語

ふと思つたのですが、よく日本語に關する話題では混同されやすい「標準語」と「共通語」、それだけに日本の社會言語學では注目を浴びたりするこの用語、つぎのやうな定義でいいんでせうかね。

標準語(規範レベル):

變種が複數認められる言語において、威信のあるものとして規定される/た言語。
多くのばあひ、すでに威信のある方言を基にする。

共通語(使用實態):
異なる言語を話す個人・集團間で橋渡しとして使はれる言語。

そこで...

日本の共通語

(OK)

*日本語の共通語
(だめ)

#日本の標準語

(日本が單一言語國家との前提で「日本の」が「日本語の」の意味なら論理的にはOKだが、この前提は承認しにくい)

日本語の標準語

(なぜかひびきは惡い、より素直な代替表現は「標準日本語」あるいは「日本語の標準」か)

てことですかね。

ちなみにパプア・ニューギニアの共通語は大きいものが三つ: トク・ピシン、ヒリ・モトゥ、英語。
トク・ピシンやヒリ・モトゥの標準語は言語政策として成文化されたものはないが、みんなの理想像はそれほどばらばらではない。

てことだと思ふんですよ。

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恰好良い日記

中島敦「環礁」より

私の其の日の日記を見ると、斯う書いてある。「忽ち鳥の奇聲を聞く。再び闃(げき)として聲無し。熱帶の白晝、却つて妖氣あり。佇立久しうして覺えず肌に粟を生ず。その故を知らず」云々。

なんかずいぶん恰好良い日記を書いてゐたみたいですね。

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いいこと

いいこともあるんです。いいことを思ひ出します。

・病状は輕かつたので手術時間も短かつたし、手術のあとの創傷も小さめだつた(はず)。術後の經過も良好と言はれてゐます。とにかく快方に向かつてゐます。けふは、頭痛も輕くなつて、鎭痛劑は要らなささうです。

・病院の氛圍氣はよかつた。看護婦さんたちは親切できびきびしてゐたし、食事もまづくはなかつたし、病室のほかの人たちもいい感じの人たちだつた。

・入院費が豫想より安かつた。四日の入院ですんだこともあつて、心配してゐたよりもずつと安かつた。

・ポーランド語版の「星の王子さま」を手に入れた。友達にもらひました。ポーランド語、すこし以前に始めたくなつたので教科書などいくつかあるんです。ほとんど勉強してゐなかつたんだけど、入院中、始められました。なんかおそろしい言語ですねえ。語形變化なんかはもう覺えないことにしようかしら。語形變化だけぢやない、變化語形の使ひ方、例へば動詞や前置詞の格の取り方も面倒だし。へんなクリティックとかまであつてすごいです。スラブ語すごい!

・實(じつ)は知り合ひや親戚、知り合ひの知り合ひや知り合ひの親戚など、いろんな人が同じ病氣に惱まされたといふことを知ることができた。克復したといふのが勵(はげ)みでもあり、親近感も沸くよね。

・ゆつくりする時間がある。忙しい人だつたらたいへんだつたと思ふ。ぼくはこれにかこつけて、てのもあつて、ゆつくりできます。寐てばかりゐます。

・長風呂が樂しくなつた。入浴するのがよい、と醫者に言はれてゐるのと、引越をしてから家に風呂があるのとで、長風呂を樂しむやうになりました。風呂場で使へるラジオを買つたり、どうでもいい雜誌は風呂の中で讀むやうにしたり、いい感じです。

・新しいおもちやを手に入れた。友達が要らなくなつた PDA をくれたんです。かういふのいぢるの大好き。

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頭痛

もう勘辨してほしいです。
頭痛い。
これ、9日夜から10日の朝にかけて苦しまされた、脊椎麻醉の後遺症だと思ひます。
なんで夜になつてまたくるの。
今まで大丈夫だつたのは鎭痛劑のお蔭だつたの。
上體すこし起こすだけでがつがつに痛い。
がつ、がつ、がつ、がつ。

けふ患部を手術後はじめて自分の目で見ました。
卒倒しさうだつた。
あんな穴が開いちやふなんて。
自分のからだとは思へません。
縫ひ目が見えるかしら、ぐらゐに思つてゐたら、とんでもない。
ゑぐつたあとがそのままなんです。
これみて「綺麗になつてゐますよ。順調順調」などと言つてゐたお醫者さんはすごいです。
膿のところがさつぱりなくなつたので輕い感じよね、なんて思つてゐたら、
肉もゑぐられてゐたんです。
それは恐ろしい光景でした。
でも痛いのでもう臥せます。

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退院

けふ退院しました。手術はうまくいつたさうです。
みんな、ありがたう。
それから誕生日のメッセージを送つてくれた方、ありがたう。
入院中だつたのでまだお返事ができてゐませんがぼつぼつ書きます。

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