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標準語と共通語

ふと思つたのですが、よく日本語に關する話題では混同されやすい「標準語」と「共通語」、それだけに日本の社會言語學では注目を浴びたりするこの用語、つぎのやうな定義でいいんでせうかね。

標準語(規範レベル):

變種が複數認められる言語において、威信のあるものとして規定される/た言語。
多くのばあひ、すでに威信のある方言を基にする。

共通語(使用實態):
異なる言語を話す個人・集團間で橋渡しとして使はれる言語。

そこで...

日本の共通語

(OK)

*日本語の共通語
(だめ)

#日本の標準語

(日本が單一言語國家との前提で「日本の」が「日本語の」の意味なら論理的にはOKだが、この前提は承認しにくい)

日本語の標準語

(なぜかひびきは惡い、より素直な代替表現は「標準日本語」あるいは「日本語の標準」か)

てことですかね。

ちなみにパプア・ニューギニアの共通語は大きいものが三つ: トク・ピシン、ヒリ・モトゥ、英語。
トク・ピシンやヒリ・モトゥの標準語は言語政策として成文化されたものはないが、みんなの理想像はそれほどばらばらではない。

てことだと思ふんですよ。

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コメント

これ,難しいですよねえ.
ぼくはいつも「内モンゴルの学校教育で使用される規範化されたモンゴル語」を説明するのに困ります.
「内モンゴルの共通語」と言ってしまうとむしろ第一に「漢語」その次が「モンゴル語」になるのでモンゴル語を指すにはあまり適当ではなく,「内モンゴルの標準語」はGlmaiさん上述の「日本の標準語」と同じく使いたくない.というわけで「モンゴル語内モンゴル標準方言」みたいな書き方をしてしまいます.でもこうすると今度は「標準方言」なんてのを認めていいのか?ってことになりますし,こんがらがる.
三省堂『大辞典』のように「内蒙古語」などと名付ける手もあるんですが,これはこれで言語学以外のところで問題が出てくるので使いにくい.
うーん.

勝手につらつらと悩みを告白いたしました.

投稿: Yamakochi | 2005/02/17 17:13

此処ではお初です。
「日本語の共通語」と云ふ言ひ方は、「ノ」の同格表現と云ふか部分を示す用法と云ふか、「クラスメートのアメリカ人」のやうに「日本語の内で共通語とされる言語変種」と解釈出来るのではないでせうか。
「日本語の標準語」が据わりが悪いと云ふのも何やら「ノ」の用法として面白い面が有るやうに感ぜられます。特に考へがまとまつて居る訳ではないのですが。

投稿: ワタナベモリヲ | 2005/02/18 21:24

> Yamakochi さん

たしかに「標準方言」にも違和感がありますね。方言といふだけで、實際に使はれてゐる現實といふ含みをもつ感じがするので。
でもある言語の變種であることはたしかですから、さういふ意味で「方言」と言つてもいいかもしれない。ううん。
「標準内モンゴル語」ではだめですか。

> ワタナベモリヲさん

なるほどねえ。「日本語の共通語」といふ表現も可能な解釋をもちうるといふことですね。日本語でありかつ共通語であるやうなもの。
「日本語の諸變種の話者同士が使用する共通語」ではないか。

投稿: glmai | 2005/02/21 09:15

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