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土器

時々思ひ出しては不思議なことがある。

祖父は古代の歴史やら遺跡やら考古學やらさういふ物に關心が有つて、といつても專門家ではないのだけれど、素人としてはまあまあの知識があつたのではないかと思ふ。古墳めぐりや歴史博物館見學はをさないころの祖父との思ひ出だ。

小さいころ、祖父と一緒に、例へば近所の公園に行く。さうすると、祖父は知らぬ間に木の根もとの方に行つてしまつたかと思ふと、「ふむ、あつた」などと言つて、ひよいと何かを抓み上げるのである。素燒きの小さな缺けらに模樣が少し刻まれてゐる。これがむかあしむかしの人の使つてゐた土器なのだといふ。

新興住宅地の公園なんかには、ありがちなことだと説明してくれたやうに思ふ。子供のころだからそのころの理解を今の自分の言葉に直すだけなのだけれど、作業をしてゐる人は遺跡があるとか埋藏物があるとか、さういふことは考へずに、あるいは知らずに掘り返して、その掘り返した後には土器の缺けらが出て來てゐたりするのだといふ。

このわくわくどきどきは忘れられない。昔の人が住んでゐたしるしは大きな遺跡ばかりにあるのではない。どこにでも、見る人が見れば見付かる。

この模樣からするとどの時代の土器で、などといふ蘊蓄を聞かせてくれてからかけらを握らせてくれる。家に歸るとそれを大切に寶函にしまふのである。寶函には自分で解剖した蛙の目玉だとか、どこで拾つたのかわからないやうな小さな骨の彫刻とか、綺麗な色のビービー彈とか、さういふものが一緒に入つてゐる。

その寶函はもうないけれど、土器のことはときどき思ひ出す。公園で木の根元に目がゆくことがある。土器は見付からない。本當に見る人が見ればあるのだらうか。

祖父は孫に簡單な手品をして見せるのが大好きだつた。百貨店で簡單な手品のセットを買つてきたのだと思ふ。ぐちやぐちやに混ぜたはずのトランプが綺麗に竝んだりすることもあるし、千圓札が一萬圓札に化けることもある。少し物心つくとどうしてさうなるのか仕掛を暴くのも樂しかつた。敵もさるもの。なかなか手強いぜ。まあ、どうしたことでせうねえ、なんて親戚一同首をかしげてゐるのが演技のやうに見えたりもする。自分だけが分かつてゐないのではないか。

どうしてもわからない。なんでさうなるのか、詰め寄るしかない。孫は可愛いのが武器なので可愛く詰め寄るのである。僕だけに種明かしをしてくれる。奧に行つて手ほどきを受ける。さうして、次は僕が親戚の前で手品ショーをする番なのだ。

失敗しさうになるとうしろで祖父が慌ててごまかしてくれる。僕の手品ショーに親戚一同驚きの連續なのである。

この手品のセットをもちかへつて友達相手に披露してみせたりすると、親戚を騙すやうには騙せない。殘酷なもので、いろいろに疑つてくれたあげく、仕掛がばれたりするとさんざんに言はれたりする。

もしかすると、公園の木の根元の土器も祖父の手品だつたのだらうか。本當に古代の土器はそこらへんに轉がつてゐるものなのだらうか。

これだけは最後まで種明かしをしてくれなかつた。だから、それで、まだ見付からないのだらうか。

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コメント

きのうは解剖すればよかった?
するとDuaは、glmaiと彫刻するはずだった。

投稿: BlogPetのDua | 2006/02/03 13:05

ほんわかする思い出ですね。
手品・・・。うちの父に道具を買って、うちのまごたろうとの絆を深めていただこうかな?

投稿: ぺこちゃん | 2006/02/07 20:45

> ぺこちゃん

ほんわかでせう。
手品のおぢいさんはいいぢいさんですよー。
孫語る。
まごたらう君にもよろしく。

> Dua

さうだね。でもいつでもいいよ。
解剖する前にバッテリー外すのと靜電氣に氣をつけること!

投稿: glmai | 2006/02/08 00:50

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